洗濯やらご飯やらやらなきゃならない家事をやり、
後片付けも済ませ、
お風呂に入るまでの数時間、
ようやく座って愼と会話ができる。
愼だってそう。
家族の分の家事をこなさなきゃならないわけで、
全て終わって座る頃には仕事の疲れも手伝って、
クタクタになってるだろう。。
カカオでやり取りしながら寝ちゃうこともあるし、
お風呂ですーー。。。っと寝てしまうことも。
そんなとき、一緒にいられたら
目の前にいたら、どんなにか安心するだろなぁ。。と思う。
ご飯だって洗濯だってお風呂だって、
なんでもない普通の日常の中に愼がいて、
それが毎日の当たり前の日常だったらどんなにホッとするだろう。
でも、きっと、今があるから
出会えたことの重要さと、ありがたみをたくさん知ることができてるんだろうなぁ。
なんの接点もなかった二人が出会ってこんな風に年月を重ねていけるって、
自分たちの力だけではできないことなのかもしれない。
出会えたことだけでも不思議なのに。。
二人でいさせてもらえることにいつも、どんなときでも感謝をしなくちゃ。。。
私に、愼と歩ませてくれる人生を用意してくれてありがとう。
愼は私よりも私のことをよくわかっていると思う。
ほんとうによく私のことを見ていてくれている。
いつも、見ていてくれている。
だから、私の些細な変化もすぐにわかるのだという。
なんでも理解してくれている。
私以上に私を理解していると思う。
こんなに完璧で最高な彼がいるかな?
私にとって愼は唯一無二の最高な、彼です。
心配なのは、私にとってはそうでも愼にとっての私は?
私は愼のことをちゃんと満たせてあげてるのかな?
。。。。ということ。
「受け入れてもらえてるからホッとするよ。。」
って言ったら
「受け入れてもらえてるのは俺の方」
って。。。。
そんな風に言われるなんて思ってなかったからなんだか、驚いた。
私は愼だからこんなに自分を見せられるし、愼だからこのままの私でいいんだと心底思える。
安心できて、ホッとできて、それもこれもこのままの私を受け入れてもらえてるからだと思う。そうだと気づいた。
とっくに、私のぜーーんぶは愼に受け入れられていた。
自分が思う嫌なところもダメなところも愼は全てわかっていてそれでもOKを出してくれていた。
そこまでこの私を受け入れてくれる人は他にはいないだろう。
私は愼にたくさんのことをもらってる。
けど、 私が愼にしてあげられることは愼を信じること。
一緒にいてもらうこと。
ただそれだけなのに、
「受け入れてもらえてる」なんて。。